人気ブログランキング | 話題のタグを見る

兄のこと。


人の死、

尚且つごく身内の死というのはやっぱり受け入れがたい。


祖父母の時も初めて知る身内の死ではあったけれど
年齢を考えると仕方なかった、と言い聞かせることができた。

それでも



もし上京しなかったらもっと側にいれたのに、とか
もっとたくさんお見舞いに行けば、とか
わたしが結婚して子ども生むまで死ねないって言ってくれたのにな、

みたいな
後悔だったり叶えてあげたかったことを

指折り数えることをしなくなるのには
何ヶ月、何年、という時間を要した。


夜が来るたび、
目を閉じるたびに思い出して目を腫らすことも

ゆっくりゆっくり少なくなって


あっという間に10年とか経ってる。




でもね、さすがに兄弟の死は

受け入れるどころか




まだ

全然 信じられてない。

兄のこと。_f0360182_00042204.jpg



お兄ちゃんもわたしも
マメに実家に帰るタイプじゃなかったから

ここ最近は
会えるの年に1回とか2回とかが普通で。


だから全然会えなくても
不思議じゃないんだよな。


9月25日、新宿ANTIKNOCK。
Wait For Sunlightのツアー1本目を見てきた。


色々話は聞いてた。

どれだけこの10周年に気合いが入っていたかとか、


わたしにピアノ入れてほしいって連絡よこした曲が

珍しくドラム始まりだったり
珍しく歌詞も書いたりなんかしちゃって

とにかく気に入ってたってこととか。



曲が完成してもこれまでライブでやらずにとっておいて
9/25、この1本目でやりたいって言ってたこととか。



何もかもタイミング悪すぎ、



なんで今なんだよって

腹が立つ。



わたしや、わたしの姉がしょんぼりしないように

ライブハウスに行ったら
声かけてくれたり肩くんでくれたり
ハグしてくれたり

お兄ちゃんを見ててくれた人は
あったかい人でいっぱいだ。
兄のこと。_f0360182_00171371.gif


しかも
ツアー、代わりに叩いてくれるダイキさんのドラムは
すごく安定してて聴きやすくて、
急にサポート頼まれたとは思えないくらい完璧だった。


うちのお兄ちゃんは、
フィルは走るしミスったら顔に出るし(ヘラヘラしてる)
安定とか完璧とはかけ離れた、歪なドラムだった。
(あ〜、怒られる)

でもそれが小さい頃から聞き慣れてて、
お兄ちゃんらしくて、なんか心地よかったんだよな。


聞き馴染みのある曲の中でついつい兄の面影を探してしまったけれど、
タイトなドラミングで逆に泣けた。


おーい、お兄ちゃんよりウマい人が
ツアー帯同してくれるって言ってるからな、
ライブこけたりしなそうだぞ。安心しろい。

10周年、お兄ちゃんが叩いてきた曲を背負って、
連れてくつもりでツアー出る、とも言ってくれたぞ。


こんな信頼できる人がいて、ほんとよかったな。





つい去年
お父さんと同い年になるのか、って
感慨深く言ってたお兄ちゃんを思い出すよ。



6年後には

お兄ちゃんともお父さんとも
同い年になっちゃうよ、ふざけんな。


ずっとずっとわたしのお兄ちゃんでいてほしかった。


お兄ちゃん追いかけて東京きて音楽やってたんだよ、




1人で音楽つづけるのがとにかく寂しい。




支離滅裂でごめんなさい。

お兄ちゃんの件で、
ほんとにたくさんの人に連絡させてもらった。

みなさんから本当に暖かいメッセージとお気遣いをいただき、
感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

みなさんが知る通り、家族に対しても口数の少ない兄だったので

わたしたち家族が知らない兄の一面やエピソード、
にこやかな写真などなど

たくさん共有していただき、
悲しむ時間が少なく済んでいるような気がしています。

妹が把握する上ではありますが、
兄が上京後の18才からこれまでに組んでいたバンドの
全ての関係者様に連絡がつき、なんとかお知らせすることができました。

それだけでなくご友人の方、
ライブハウススタッフの方、
対バンなどで常々顔を合わせていたみなさま


わたしのわがままも含む、突然のご連絡に
柔軟に、そしてあたたかく応えていただき
本当にありがとうございました。

心から感謝申し上げます。

兄のこと。_f0360182_00130086.jpg


Cathy Wellincia

# by cathy0222 | 2025-10-09 00:23

今夏


1ヶ月経った。


この1ヶ月の記憶が実はあんまりない。


その中でも2つ、書き残しておきたいことがある。

兄の棺に何か入れてあげようよって
実家帰る前にお兄ちゃんの部屋に寄って、
スティックとか服とかを探すつもりだった。


すごくシンプルな部屋だった。

机に、以前お姉ちゃんが作ったポーチがあった。
WFSのロゴのやつ。

「お姉ちゃん作ったやつだ」

なんて
2人でうるうるしながら中身をみたら、

通帳とかカード類とか、
だいじなもの全部そこに入ってて
探す必要がなくて泣けた。


2年前の家族旅行のとき、
「健康診断ちゃんと行きなよ」とか
「ビタミンとりなよ」って、みんなで言ったの。

お兄ちゃんの部屋の、
布団の横にビタミンのサプリが転がってて

「気にしてくれてたんだね」なんて
また泣けた。

その時の旅行、そんなに乗り気なように見えなくて
兄が行かなかった美術館で買ってあげた
トトロ(お誕生日の刻印つき)のキーホルダー

出窓に飾ってあって、もっともっと泣けた。

でも、酷いかもしれないけど
私はそういうの見て辛くなったから


ビタミンもお箸も
洗面所のシャンプーも染め粉もバスタオルも
食品系のものと一緒にゴミ袋に入れた。

「あんまり捨てすぎて生活感ないのも
母、さみしいよ」って姉に言われて手を止めた。

言われなかったらたぶん
靴下とかPCとかお皿とか
その場でぜんぶ袋に突っ込んでいたかもしれない。


っていう、1つ目は
お兄ちゃんの部屋を見て胸が痛くなったはなし。


もうひとつは、火葬の直前のはなし。


夏場だから毎日新しいドライアイスをいれてもらって、
冷たく保たれていたお兄ちゃん。

火葬の日、ドライアイスを全部抜いて、
ほんとにさいごの納棺をした。
成人式の時の名入りスーツを着せて、
姉と探しに行ったスティックや私服、
イヤモニなんかも持たせた。


お花を入れて、蓋をする前だった。

母が、「泣いてる」って言って
兄のまぶたをハンカチで押さえるの。

ドライアイスで冷やされてた分、
この6月の気温のせいで
まぶたの部分に結露が出来てただけなんだけれど、


「もうすこしだからな、頑張れよぉ」

って、涙をふく仕草をする母が
健気で、切なくて、あまりにつらくて、

久しぶりに会った母、こんなに細かったけ、
と思ってたまらなかった。


この2つが、記憶がまばらな中でも
鮮明すぎたできごと。



そんなこんなで
お兄ちゃんの葬儀はなんとか終えたけど、
これから彼の部屋の片づけなど事務的な作業が待っていて
周りが気を遣って言ってくださる「落ち着いたらごはんでも」の、
「落ち着いたら」が全然来ないでいる。

けれど、お兄ちゃんのために
消して近いとは言えない距離のなか、
会いに来てくださったお友達や元バンドメンバーの皆さま。
身内だからこそ知らなかったバンドの込み入った話や、
兄のプライベートな話。
そういうのがたくさんきけて本当にありがたかった。

直接でなくても、
ミュージシャンやライブハウス関係の方を中心に
本当にたくさん兄を悼むお言葉、わたしたちを心配するお気遣いのご連絡をいただきました。
ありがとうございます。

また、身内のなかでもSNSで発表することは
賛否両論、躊躇いもありましたが
無口な兄の都内での音楽活動だけでなく
ファンの皆さまに愛されていたこと

母が知り、喜びと安堵を感じているようなので
結果的によかったのだと思っています。

本当にありがとうございます。



これまで、新しい箱に行ったりするたびに
「WFSのマルの妹で~」って
お兄ちゃんの名前言えば通じる人がたくさんだった


お兄ちゃんの名前の方が先に知られているからね
もしかしたらこれからも同じように言ってしまうかもしれないよ

「兄がお世話になってます!」
って社交辞令で言ったら兄に怒られたことあるから


兄が生前お世話になりました、
なんて言ったらゲンコツかもな




私はまだまだ兄の死を信じられてないというか
今度も見に行く予定だったのにな、と思いながら


このブログでさえ(支離滅裂だけど)
かなり時間を要して

共通の知り合いへの事務的な挨拶で、
ただ再確認してるのかもしれない



Cathy Wellincia

# by cathy0222 | 2025-07-17 04:50

おしらせ


令和7年 6月16日。わたしの実兄であり、
Wait For Sunlightのドラマー MARUが急逝しました。 

亡くなった父と同じ年齢で、父と同じ6月に。
ちなみに父もドラマーだったんですよ。
どこまで似るんだか。

おしらせ_f0360182_10591856.jpg


ここ2年ほど、なんとなく体調の優れなそうな
兄の姿を目にしてきました。
もしかしたら思う以上にぼろぼろになっていたのかもしれません。

自宅で倒れ、発見された時には
心肺停止から時間が経っていたそうです。

兄の勤務先の方が、直前までやりとりしていたのに
出勤してこず電話もつながらないことを不審に思って
警察の方と様子を見に行ってくれたそうです。
すぐに見つけてもらえてよかった。


その日のうちに警察から家族へ連絡がいき、
警察署で説明を受け、兄にも会いました。 
ねむっているようでした。
まだ肌もやわらかく、傷もなく、苦しんだ表情もなく、 
ほんとうにただ、ねむっているようでした。

警察による推測ですが、
髪を染めたあとシャワーしている最中だったらしい。
きれいに染まった髪が少しぬれたままでした。


6/17の検視の結果、病歴や外傷もなく
死因を特定できないため解剖が必要になりました。
しかし、6/18の解剖でも所見では特定できる原因がなく
2ヶ月近くかかる検査の結果を待っている状態です。

昼過ぎには漸く山梨の実家へ搬送することができましたが
葬儀も少し先になってしまい
それまで混乱と悲しみの中、淡々と準備を進めなければなりません。


24日 火葬・通夜
25日 告別式

を予定しております。

ここでは詳細を伏せさせていただきますが、
もし参列をご希望される方がいましたら
ご連絡ください。



ここから、わたし自身のことも含め
もう少し目を通していただけたら嬉しいです。

わたしは姉の影響でピアノをはじめ、
兄の影響でバンドに走りました。 
バンドが解散しカメラをはじめた時も
兄を頼ってWFSで練習させてもらったり、 
ライブの撮影をさせてくれるバンドと
たくさん繋げてもらいました。 

先に上京していた兄を追いかけてきたおかげで、 
わたしは音楽関係の友人がたくさんいます。 


WFSは10周年。今回作った音源も、
悲しいけれどそれが兄の人生最期の1枚に。
そして、6月6日の両国サンライズが
最期のステージになってしまいました。

兄を見ていてくれた皆様にとって
兄はどんなひとだったのでしょう。


遅刻魔で、酒好きで、フィルは走りがちで、
口下手で、SNSは読解困難で、時々おっちょこちょい。

謎だし、ルーズな部分もありましたが
妹に対しては厳しい面もありました。

同じように、わたしが知らないだけで
身内以外に見せていた兄の姿もたくさんあるのだろうと思います。

完璧なミュージシャンとはいえないかもしれないけど、
小さい頃から聞いてきた兄の音は特別に聞こえていました。
わたしにとって自慢の、むかしから大すきな兄です。
おにいちゃん、
わたしのおにいちゃんでいてくれてありがとう。

兄妹として、ミュージシャンとして
同じステージに立つことや何かを一緒に創ることは
目に見えない血筋を感じる瞬間でもあり、
わたしたちが大人になったことを実感することでもあり、
ほんとうに嬉しかった。
遡れる記憶を1から数えたらあまりにもつらいけれど、
どれもだいじにおもっています。 


すっぴんで笑った顔は兄そっくりのわたし。 
ちゃんと音楽しつづけるから、カメラも離さないから、

兄をみてくれていた皆様、
いつかわたしのスマイルに兄の笑顔を重ねて
思い出していただけたら幸いです。 

そしてWFSの音楽が、兄のビートが
ずうっと誰かの鼓動となって鳴り止みませんように。
皆様によって、兄の人生が音楽のあふれるものになっていたと思っています。
本当にありがとうございます。



拙文な上に今更ではございますが、

生前MARUと交流のありました
音楽関係者の皆様をはじめ、

WFSのファンの皆様、職場の皆様、ご友人の皆様、
ほんとうにお世話になり、
ほんとうにありがとうございました。

兄に代わって、ではなく
わたしが兄から継いだご縁と思い 心から感謝申し上げます。



おしらせ_f0360182_22300083.jpg




さいごに、スペシャルサンクス
カメラマンのみおさん。(Who are U?co.澪 さま)

積極的に写真に映りたがらない兄なのに、連絡してみたところ
何年も前のデータを保管しててくださいました。

兄の姿をたくさん送ってくださり、兄らしい遺影を準備できそうです。
家族一同たいへん感謝しております。


おしらせ_f0360182_00400126.jpg










マルちゃんの妹、   Cathy Wellincia 


# by cathy0222 | 2025-06-19 13:00

ざわざわ


CDを返された。

今までに感じたことのないショックだった。



Clone in Me,
タイトル通り私の中にいるもう1人の私のための歌。


ファーストアルバム、

初めてだからこそ大事に作った作品で
大事に歌った歌ばかり



生きるか死ぬかの選択を毎日突きつけられてるような


そんなギリギリの状態で歌った歌。


下手くそだから価値はないかもしれない。


けれど、私が当時命懸けで作った曲たち。


いらないと言われているようで、

つまりは私の人生も否定されたようで。




あの時まいにちのように足を掛けた橋の上

その時終わらせたら良かったなぁとか思っちゃうよね



大量に飲み込んだ薬
朝がぼくを迎えにきたなんて歌もあるけどさ


目が覚めなければよかったのかな





わかってほしいなんて口が裂けても言えないけど


わからなくてもさ

わかったフリだけしていてほしかったのかも





ざわざわ_f0360182_20470188.jpg







# by cathy0222 | 2025-06-07 20:49

ありがと



深夜は考え事が捗る。


しれっと制作期間に入っており、
レコーディングやアー写撮影を進めています。



自分じゃできないから誰かにお願いするわけで、
毎度お友達に恵まれていることやお友達の腕の凄さを感じながら
作品づくりと向き合っています。



別に死ぬわけじゃないし、死にたいわけじゃないが
なぜかこれで最後かもしれない、と思う。
色んな意味で。


だからいつもより余計に緊張する。


レコーディングも撮影もかなり久しぶりだったからなんだけど。

カメラマンさんが撮った写真はどれも素敵だし、

メンバーの演奏には心打たれるし、
エンジニアさんの仕上げた音は特別だ。

経過観察中の膵臓がある日突然機能しなくなっても
後悔はない。

とか言って今のところ順調に回復してるらしいので全然大丈夫です。


でもいつもよりたくさんありがとう言いたくて、

仕事や自身のバンド活動や家族のことがある中
時間を作ってスタジオに入って

何トラックも考えたりフレーズ練ったりと
私の曲に向き合ってくれたメンバー

SALLYと同じ
ドラムのヒロシくん
ベースのよしきくん
ギターのゆーすけくん。

ありがとうだいすき。
今回もお願いできてよかった。

禁酒宣言しておいてスタジオで乾杯したの、
お医者さんに怒られてもいいって思えるくらい楽しかった。

ライブの時もそうなんだけど、
お酒飲んで歌う、時間も感覚も大好きだった。


もともとない声量が入院してたおかげで更になくなった&
あがり症で思うように歌えない私の
この声をちゃんと録ってくれたエンジニアのゆーきくん。

たぶん6年くらいRecやMixお願いしてるけど
レコーディング当日まで1週間くらい体調わるくて
今まで以上に緊張して今まで以上に歌えなくて

膵臓(背中)いたくてどうしようもなくて泣きついたりして。

ちょっと褒められたくらいで余計に緊張して
また歌えなくなるのを察して
「お前は褒めちゃだめだな、全部ダメ!!!」なんて
辛口でディレクションしてくれたり。笑

ほんとにありがとう。

データのやり取りで
「他に何かいるものある?」って聞かれて
一緒にご飯いける権利ほしいって言ったら
「インストとか」って秒で返ってきた。はずかし。
とんでもないカスハラした気がする。

売れっ子エンジニアさんになってたけど、
なんていうか今後も懲りずに私の歌を録ってやってください。



アー写を撮ってくれたソウさん。

実はずっとお願いしたかったカメラマンさん。

カメラマンとしても凄く勉強になったし、
ソウさんの人柄や気遣いが写真に現れるような
濃厚な時間を過ごした。

こんな撮り方やライティング面白い、とか
ソウさんから私ってこう見えてるんだなぁとか、
私ってこんな風に笑えるんだなぁみたいな。

鏡を見るのとは違う自分を収めてくれるから驚く。


父との唯一と言ってもいい思い出のジャビットくんとも
たくさん写真を撮ってくれ、嬉しい気持ちでいっぱい。

天才的なショットをありがとうございました。




アー写どれにしようかな。

自分的に盛れたショットと、
他人が選ぶ1枚が違って面白い。

お披露目する日をお楽しみに😌



それから、
私は本名含め色んな名前や色んなカオがあるんだけれど

各場面において必要としてくれる人がいたり、

私のことを「セロトニン」と呼んでくれたりする人がいる。

こんな独り言のようなブログを読んでくれる人もいる。



擽ったいけどありがとう。

5文字では伝えきれないくらいに幸せと感謝を感じてます。


出会わなきゃよかった、みたいな人が一人もいない。

周りにいるひと、1人残らずたいせつに思えるなんて
私はラッキーな人間だと思うのだ

だから、みんなにもありがとう。





今回幼なじみに書いた2曲、
なんて言って聞いてもらおう。


これがさいご   って曲の中で歌ってるけど


これがさいご、って言いたくないな。




おやすみ。


Cathy Wellincia



# by cathy0222 | 2025-05-18 02:30